バイクに乗っていると、こんな光景に出会ったことは無いですか。
信号待ちで隣にスクーターが止まる。 「ブーン……」
こちらは大型バイク。隣は小さなスクーター。
すると、なぜか心の中で、「スクーターか……」と、ちょっとだけ上から目線になってしまう。
いや、待ってほしい。
お前は何様なんだ。同じ二輪車じゃないか。

なぜ、バイク乗りはスクーターをバカにするの?
そんな疑問を解消します。
こんな感覚は無いですか?
- 『バイクは自分で操るもの』という謎の美学
- 『スクーター=初心者』という偏見
- 『スクーターなんて誰でも乗れる』という暴論
- 『大型バイクの方が偉い』という階級意識
- 『バイクの所有感』問題
一番ダサいのは、他人のバイクをバカにすること
同じバイク沼にハマった仲間なのだから、仲良く相哀れみませんか
なぜ、バイク乗りはスクーターをバカにするのか?

もちろん、すべてのバイク乗りがスクーターを見下している訳じゃない。
だけど、

大型バイクに乗っているオレはカッコいい
125ccスクーターでツーリングってダサ!
リーマンが通勤であくせく乗るものでしょ
そう思っている人は、決してずかな特異な人だけじゃない。
なぜそう思ってしまうのか?理由は様々だけど大方は以下の感覚に集約される。
- 『バイクは自分で操るもの』という謎の美学
- 『スクーター=初心者』という偏見
- 『スクーターなんて誰でも乗れる』という暴論
- 『大型バイクの方が偉い』という階級意識
- 『バイクの所有感』問題
1.『バイクは自分で操るもの』という謎の美学

右手でアクセル・左手でクラッチ・右足でブレーキ・左足でシフト
四肢を駆使してバイクを思い通りに操るのがバイクの醍醐味
コーナー手前でクラッチを引き、ブリッピングを入れつつギアを落とす。リアブレーキを一瞬先に掛けてリアを沈ませてからフロントブレーキでブロントを沈め旋回に入る。
全ての手足を駆使し、バイクの挙動を自在に繰るのがバイクの醍醐味!

俺は今、バイクと一体化している
確かにバイクを意のままに繰るのは楽しい。
でも恍惚となり、『バイクは操るもの』という謎の美学に酔いしれてませんか?
MTバイクこそ、『本物のバイク』なんて思ってませんか?
と言うことは、渋滞でクラッチを握る手がつりそうになるのも、取り廻しで汗だくになるのも美学なのですね。
一方、スクーターにはクラッチも無いし、ギア選択も無い。アクセルをひねって走るだけ、コーナー手前ではブレーキ掛けるだけ。
簡単すぎる。
ブリッピングのタイミングが合わずギクシャク芋ったり、6速に入れたまま停車し発進で慌てることも無い。発進時に半クラに失敗してエンストすることも無い。
バイクはそれらの修行の末に会得するものという美学をぶち壊すのがスクーター。お気楽にアクセルをひねるだけです。それが許せないだけじゃない?
勿論、自分でギアを選び、ブリッピングがで奇麗に回転数を合わせコーナーを駆け抜けるMTバイクの楽しみは理解できる。操作が決まり、キレイにコーナーを抜けた時の爽快感は格別です。
でも、バイクの楽しさはそこだけじゃない。
『スクーター=初心者』という偏見

ブリッピングも半クラも出来ない初心者が乗るのがスクーター
修行もせずにお気楽に走るスクーターが許せない。
アクセルひねるだけで乗れるスクーターはバイクの神髄を極めてない初心者の乗るものなのだ、とラベリングしてませんか?初心者が乗るモノなので、二輪車ではあるけれどバイクとは別物と下に見てませんか?
けれどブリッピングが出来る・半クラが出来るって偉いの?
人間としての上下とは関係ないよね?
スクーターは初心者と言うのは認識不足です。スクーターから入って大型バイクまで行きついた人が、終の棲家といてスクーターを選ぶのは、良くある話です。
『スクーターなんて誰でも乗れる』という暴論

アクセルひねるだけだから、スクーターは誰でも乗れる
バイクを動かすには技量が必要だからエライ
スクーター=初心者 と同じ文脈で、四肢を駆使するバイクに比べてスクーターは簡単に乗れるので下に見れれがちです。
確かに、スクーターはアクセルひねるだけす。
だから何か?
「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」 by 立石一真
って言葉もある。
- 電卓を使わず、暗算してる?
- 洗濯機を使わず、自分で洗ってる?
- コピー機使わず、手書きで書き写してる?
もしそうしているのなら、脱帽です。そこまで信念があるのならスクーターをバカにするのも理解できる。
もちろん、便利メカなんて使わずバイクを楽しんでるよね。
- セルモーターなんて取っ払ってキック始動にしてるのですよね?
- 燃料計でガソリン残量をチマチマ気にするのも男らしくないよね?
- ABSやトルコンなんて余計なお世話でしかないから勿論、取っ払ってますよね?
『簡単が好きなら、もっと簡単なな車に乗れ!』は、違うからね。あれは別の乗り物。
2.『大型バイクの方が偉い』という階級意識

バイクは排気量の大きい方が偉いから、スクーターをバカにしてる?
バイクは排気量の大きい方が、偉いと思っている人が居ます。
1000ccなら偉い。600ccならまあまあ偉い。400ccなら普通。250ccなら若干見下す。125ccなら嘲笑。
しかし、ちょっと待ってほしい。
排気量が大きい方がパワーがあり力強いのは解る。加速も最高速も125ccとは比べ物にならない。
だからと言って大型バイクが偉い訳じゃない。ましてや大型バイクに乗れば、人まで偉くなる訳がない。
1000ccに乗ったって男気が1000ccに増える訳じゃない。
むしろ1000ccバイクに乗ってるのに、他人との比較でしか自分の立ち位置を計れないのは『バイクは1000ccだけど心は50ccしかない』と思ってしまう。
大型バイクと125ccの違いをいうなれば、持ち味の違いです。
でっかいTボーンステーキも旨いが、打ちたてのざるそばも旨い!
3.『バイクの所有感』問題

大型バイクは、質感が高く美しい
所有感がある
大型バイクには存在感がある。
車体の大きさ、エンジンの存在感、深いメッキの輝き、太いタイヤ、図太い排気音。
どれもスクーターには無いものです。簡単には手に入らないバイクを持っているという所有感は、確かにある。機能美と言い換えても良い。
- 100万円以上するんですよね
- 燃費悪いんですよね
- 取り回し、大変ですよね
- タイヤも高いんですよね
だから大型バイクはムダな見栄に過ぎない、と切って捨てるのは簡単です。
でも、大型バイクは所有感があるため人気も高い。皆が憧れる部分もある。バイク乗りの憧れのシンボルなのは間違いありません。成功のシンボルとして他人にアピールする解りやすいアイコンだともいえる。
一方で、『大型バイクに乗っているのだからライディングが上手いに違いない』というハロー効果もある。道の駅に行けば、そういった扱いを受けるでしょう。大型バイクオーナーどおしでコミュニケーションも弾む。
バイク乗りには1人を好むシャイな人が多いので、大型バイクをきっかけに話がはずんで、心地の良い週末を過ごせることもあるだろう。
だから、大型バイクが全くムダだとは思わない。
『所有感』に対する考え方は人それぞれ。ムダな見栄と思う人も居るし、あこがれと思う人も居る。
色んな人がいて、それでいいのだ。
一番ダサいのは「他人のバイクをバカにすること」

結局、バイク乗りとして一番カッコ悪いのは何だろう。
- 小排気量に乗ることか?
- スクーターに乗ることか?
違いますね。
他人が楽しんでいるバイクをバカにすること、が一番ダサい。
バイクは、マウントを取るために乗ってる訳じゃない。
一人になりたいため、ストレス発散のため、見知らぬ街へ行くため、走りを楽しむため、ツーリングを楽しむために乗ってるのです。
他人と比べて勝った・負けたと考えながら乗ってるのだとしたら、バイクの楽しみの1%も味わえてません。
他人のバイク(スクーター)を見て、自分のバイクの方が偉いと思った瞬間、大型バイクに乗ってたとしても、その人の心は50cc以下。
なぜ、バイク乗りはスクーターをバカにするのか? まとめ

- 排気量の大きい方が偉い
- マニュアルバイクの方が偉い
そんな謎の美学があるのは知っている。どう思おうと、人の自由です。
でも、それを口にしたり態度に出すのは、最低だしダサい。
バイクと言うマイナーな乗り物を好きになってしまった相哀れむ仲間です。
大型バイクが楽しいのと同じだけスクーターも楽しい。別の楽しさなのだから大型バイクがスクーターを兼ねられるものじゃない。仲良くバイクを楽しみましょう。
信号待ちで隣にスクーターが止まる。 「ブーン……」
こちらは大型バイク。隣は小さなスクーター。
すると、心の中で、「スクーターも楽しんでるな 負けられない」
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